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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)297号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 右当事者間に争いのない請求の原因二の本願発明の特許請求の範囲及び成立に争いのない甲第三号証により認められる本願明細書の記載によれば、本願発明は、ヒドロホルミル化によるアルデヒドの製造方法において、右特許請求の範囲に記載された条件を満たす方法を採用することによつて、効率よくN/I比率が高いアルデヒドを製造することができるようにしたものであることが認められる。そして、本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明で使用する触媒は「トリフエニルホスフイン、トリフエニルホスフアイト、トリナフチルホスフインおよびトリ―P―トリルホスフインからなる群から選ばれる二個以上の燐含有配位子を有するロジウムのハロゲンを含まないヒドリドカルボニル均質体触媒」であることが明らかである。すなわち、本願発明で触媒に用いるロジウム配位錯化合物は、燐含有配位子を二個以上含むこととハロゲンを含まないことを必須の要件とするものである。

そして、本願発明の奏する効果につき、前掲甲第三号証により認められる本願明細書の実施例中例一、例三ないし例一二の結果を表にした表二ないし表四の記載によれば、本願発明の方法により得られるアルデヒドのN/Iの比率は最低六・〇から最高一六・〇一であることが認められる。(なお、右の表三にはN/I比率が三・三八の例が記載されているが、これはその注に触媒分解と記載されているように触媒が分解する高温度で行われた例を参考として記載したものと認められるから、これをもつて本願発明の実施例と見ることはできない。)

2 これに対し、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例には、オレフインのヒドロホルミル化反応に際し、配位子として一般式MR3(式中Mは燐、砒素又はアンチモンであり、Rは炭素数六ないし八のアリール又はアリールオキシ基である。)で表わされる有機化合物を持つロジウム配位化合物を触媒として用いる方法が記載されており、この方法の一つとして、本願発明と同じく反応を液相でかつベンゼン等の溶媒の不存在において行つた実施例として例三(第一引用例の発明)が示されており、この方法において達成されたN/Iの比率は三・一五であることが認められる。

そして、同号証によれば、第一引用例中その使用する触媒に言及するところは、「本発明の触媒系としては、ロジウム、一酸化炭素およびハロゲン化物(塩化物、臭化物およびヨウ化物)、および適当なアミン、オルガノホスフイン、オルガノアルシンおよび/またはオルガノスチピン配位子から成る化合物または配位錯化合物が好適である。このものは、所望により、中心金属原子すなわちロジウムの配位数および酸化数を満たすのに必要な他の配位子たとえばハロゲン化物(塩化物、臭化物およびヨウ化物)およびトリハロスズ酸塩などを含んでいてもよい。」(甲第五号証訳文二、五欄三一ないし四〇行)、「好適な触媒は、配位子として一酸化炭素および塩素と臭素とヨウ素の中から選んだ少なくとも一個のハロゲン配位子および炭素数六~一八のアリールまたはアリールオキシ基をもつホスフイン、アルシンおよびスチピン誘導体の中から選んだ少なくとも二個の配位子から構成されている。……Rh(CO)〔P(C6H5)3〕2C1のようなロジウムカルボニルホスフインクロライド化合物の特に有利な点は、本発明の触媒系の成分として用いたときに、異常な安定性を示すことである。この化合物は、減圧下、高めた温度において安定である。この性質は、本発明の方法で生成物の回収および液相触媒の循環を行う際非常に重要である。……この触媒系のもう一つの利点は、直鎖アルデヒドに富んだ反応混合物を生成し、この触媒を長期間にわたつて使用し繰り返し循環させた後でさえも、アルコール、パラフインまたはその他の副生物をほとんど生成しないということである。」(同七欄九ないし三四行)との記載に示されているように、触媒として用いるロジウム配位錯化合物についての一般的説明において、一貫して配位子として一酸化炭素と少なくとも一個の塩素、臭素又はヨウ素と少なくとも二個のMR3化合物を持つロジウム配位錯化合物が好適であるとし、これを用いた場合の効果を記載していることが認められる。また、同号証によれば、第一引用例中に挙げられた四〇の実施例のうち触媒としてロジウム配位錯化合物を用いた全実施例三五例においてもハロゲンを含む右各配位子を持つロジウム配位錯化合物が用いられていること、これらロジウム配位錯化合物を用いた全実施例において製造されたアルデヒドのN/I比率の最高は例三〇の四・〇であることが認められる。

3(一) ところで、審決は、本願発明と第一引用例の発明との相違点(2)につき「相違点(2)は当業者が容易に想到できる程度のものである。」との判断をした根拠の一つとして、第一引用例七頁九行に示されている化合物〔(C6H5)3P〕Rh(CO)Hが第一引用例の記載からヒドロホルミル化反応の触媒として使用しうると認められることを挙げている。そして、右化合物はハロゲンを含まない点では本願発明の触媒物質と同じであるが、燐含有配位子が一個のみである点ではこれと異なることが明らかである。

しかしながら、仮に審決のいうとおり第一引用例の記載から右化合物がヒドロオルミル化反応の触媒として使用しうると認められるとしても、また、右化合物の燐含有配位子を二個以上とした化合物を触媒として使用することが容易に想到できるとしても、前記第一引用例の開示するところによる限り、これらの化合物を触媒として使用する方法により製造されるアルデヒドのN/I比率は最高で四・〇程度であると予測できるに過ぎないことが明らかである。けだし、前掲甲第五号証によれば、第一引用例においてはN/I比率を高める原因が過剰の配位子を液体反応媒質として用いることにあるとの知見は示されているものの、同引用例に示された燐含有配位子を二個以上有するロジウム配位錯化合物は全部ハロゲンを含むものであり、触媒成分にハロゲンを含有するかどうかによつてN/I比率にどのような影響が生ずるかについては一切示唆するところがないことが認められるから、ハロゲンを含む触媒物質に代えてハロゲンを含まない〔(C6H5)3P〕Rh(CO)H又はその燐含有配位子を二個以上とした化合物を触媒に用いて第一引用例の発明を実施しても、その得られるアルデヒドのN/I比率が第一引用例記載の各実施例の場合以上に高められることを予測することはできないからである。

(二) 審決はさらに、第二引用例に「RhH(CO)(PPh3)3がヒドロホルミル化触媒として、RhC1(CO)(PPh3)2よりもかなり効果的であるということも注目されてよい。ベンゼン中、CO及びH2それぞれ五〇気圧二五度Cにおいてさえ、1―ペンテンのアルデヒドへの二〇%転化が二―三時間で生起する。」との記載があることをも、前記判断をした根拠として挙げている。

しかしながら、成立に争いのない甲第六号証によると、第二引用例は本来ルテニウム触媒に関する文献であつて、その中で傍論としてロジウム触媒に触れ、右記載をしているにすぎないことが認められる。そして、右記載によれば、右記載が二個以上の燐含有配位子を有するロジウムのハロゲンを含まないヒドリドカルボニル錯体であるRhH(CO)(PPh3)3すなわち本願発明の解媒物質の一つに該当するRhH(CO)〔P(C6H5)3〕3がヒドロホルミル化反応の触媒として、ハロゲンを含むRhC1(CO)〔P(C6H5)3〕2よりも有効であることは示しているものの、この化合物を本願発明の反応条件である溶媒の不存在において、液状の一種以上の燐含有配位子の存在において適用することまでも示唆しているとは解されず、また、右の記載がいう「有効である。」とは、アルデヒド変換率が優れていることを意味しているにすぎず、本願発明の目的とするN/I比率の改善については何ら示唆するところがないことが明らかである。

(三) そうすると、第一、第二引用例の記載から直ちに、第一引用例の発明で用いられているハロゲン含有ロジウム配位錯化合物の触媒に代えて本願発明のハロゲンを含有しないロジウム配位錯化合物を触媒として用い、これによつて生成アルデヒドのN/I比率を高比率とする方法を得ることが当業者にとつて容易に想到できるということはできないといわなければならない。

4 被告は、本願発明で規定している触媒によつてN/I比率が高くなることは本願明細書に記載されておらず、それは第一引用例で述べられている過剰のホスフイン配位子を触媒反応媒質中に加えることによるのであつて触媒物質の差によるものではない旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第九、第一三号証によれば、第一引用例の発明と本願発明の方法を対比するため触媒物質以外の反応条件を同じくしてプロピレンをヒドロホルミル化した実験の結果、本願発明で用いるハロゲンを含まないロジウム配位錯化合物を触媒として用いた場合には、第一引用例の発明で用いるハロゲンを含むロジウム配位錯化合物を用いた場合に比し、N/I比率が一・五倍から二・〇倍高いことが認められる。

被告は、右実験結果について反応時間やガス取込量等触媒以外の反応条件が実質的に同一であるとは認められないと主張する。しかし前掲甲第九、第一三号証によれば、本願発明のハロゲンを含まない触媒Rh42の場合と第一引用例の発明のハロゲンを含む触媒Rh40の場合における反応時間は反応速度の相違に基づいて採用されたものであり、反応時間が相違していてもその相違が生成アルデヒドのN/I比率に影響を及ぼすものとは認められず、また、ガス取込量は触媒の性能に左右されるものであつて、触媒の相違により必然的に相違するものと認められ、これを同一にしたのでは比較実験の意味を持たなくなるといわなければならないから、被告の右主張は採用できない。その他、右実験結果につき、これを信用できないとする証拠はない。

したがつて、本願発明の触媒は第一引用例の発明の触媒に比し顕著な効果を有するものといわねばならず、N/Iの高比率が触媒物質の差によるものではないとの被告主張は採用できない。

被告はまた、本願発明の触媒物質は、反応開始時にハロゲンを含まない錯体触媒を生成させる場合もあること、活性種は第一引用例の発明の触媒物質と同一であることを理由に、その効果は触媒自体に基づくものではないと主張するが、前叙の実験結果に照らし、この主張も採用できない。

5 その他の被告主張及び本件全証拠を検討しても前叙の認定を覆えすに足りるものはなく、結局、第一引用例の発明と本願発明の効果の相違につき考察することなく本願発明が第一、第二引用例の記載から当業者が容易に発明できたとした審決の判断は誤りというのほかなく、審決は違法として取消を免れない。

三 よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本願発明の特許謡求の範囲は左のとおりである。

(a) ガス状のオレフイン系不飽和化合物;

(b) 水素;

(c) 水素対一酸化炭素のモル比が一対一五ないし二対一の範囲で存在する一酸化炭素;および

(d) トリフエニルホスフイン、トリフエニルホスフアイト、トリナフチルホスフインおよびトリ―P―トリルホスフインからなる群から選ばれる二個以上の燐含有配位子を有するロジウムのハロゲンを含まないヒドリドカルボニル均質錯体触媒;

を一緒に反応させることから成り、この反応を溶媒の不存在において、しかも液状の一種以上の燐含有配位子の存在において実施し、この配位子がトリフエニルホスフイン、トリフエニルホスフアイト、トリナフチルホスフイン、およびトリ―P―トリルホスフインから成る群から選ばれるものであり、かつこの配位子と前記錯体との比が一五〇対一ないし五〇〇〇対一の範囲内であることを特徴とするヒドロホルミル化方法。

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